
クラウドサービスや業務システムの利用が当たり前になる中で、「誰が、どのシステムに、どんな権限を持っているのか」を正確に把握できていますか。
多くの企業では、ID管理やアカウント管理は行なっているものの、
- 退職者のアカウントが残っていないか
- 異動後も不要な権限が付いたままになっていないか
- なぜその人がその権限を持っているのか説明できるか
と問われると、即答できないケースも少なくありません。
こうした課題に対して近年注目されているのが、IGA(Identity Governance and Administration)という考え方です。
この記事では、IGAとは何か、従来のID管理やIAMと何が違うのかを、製造業のIT担当者にもわかるように噛み砕いて解説します。
IGA(Identity Governance and Administration)とは

IGAとは、ID管理や権限管理を「統制」という視点で捉え直す考え方です。まずはIGAの正式名称や意味を整理し、従来のID管理と何が違うのかを確認していきましょう。
IGA(Identity Governance and Administration)の意味
IGAとは「Identity Governance and Administration」の略称で、日本語では「IDのガバナンスと管理」と訳されます。
一見すると「ID管理の仕組み」に思えますが、IGAが対象とするのは単なるアカウント管理ではありません。
IGAは、
- 誰に
- どの権限を
- なぜ付与しているのか
を組織として統制し、説明できる状態を維持するための仕組みです。
一言で言うとどんな仕組みか
一言で表すなら、IGAは「IDと権限を“持たせっぱなし”にしないための仕組み」です。
例えば製造業に限らず、現場応援や役割変更、協力会社の受け入れなどがある組織では、
- 応援作業で一時的にシステム権限を付与した
- 異動後も以前の業務システムにアクセスできている
- 協力会社のアカウントがそのまま残っている
といった状態が発生することがあります。
これらは「管理しているつもり」でも、本当に適切かどうかをチェックし続ける仕組みがないことなどが要因です。
IGAは、IDの発行から権限付与、見直し、削除までを一連の流れとして管理し、「その権限は今も必要なのか?」を定期的に確認できるようにします。
なぜ今、IGAが必要とされているのか
ID管理や権限管理は、以前から行なわれてきた取り組みです。しかし近年は、従来のやり方だけでは管理しきれない状況が増えています。ここでは、なぜ今IGAが必要とされているのかを背景から整理します。
ID管理・権限管理が複雑化している背景
近年、企業のIT環境は大きく変化しています。
- クラウドサービスやSaaSの利用拡大
- 業務システムの増加・分散
- 在宅勤務や外部パートナーとの連携強化
- サービスアカウントやAPIトークンなど「非人間のID」の増加(自動化・連携・AI/運用スクリプト等)
その結果、1人の社員が複数の業務システムにアカウントを持ち、システムごとに異なるアクセス権限を付与されるケースが増えています。
製造業でも、生産管理・品質管理・設備管理・グループウェアなど、業務ごとに異なるシステムを併用している企業は多く見られます。こうした環境では、「誰がどのシステムにアクセスできるのか」を把握するだけでも難易度が上がります。
さらに近年は、社員のIDだけでなく、システム連携のためのサービスアカウント、RPAや運用ジョブ、外部SaaS連携のAPIキー/トークンなど、人ではない主体の権限も増えています。
これらは、所有者(責任者)や利用期限が明確に管理されていない場合、「誰のものか」「いつまで必要か」が追えなくなる点と、「人の異動では消えないID」であるために従来の人事連動型管理だけでは漏れやすい点が特徴です。
そのため、棚卸しや期限付き付与、失効(無効化)まで含めた運用が重要です。
「管理している」と「統制できている」の違い
ここで重要なのが、 「管理している状態」と「統制できている状態」は別物だという点です。
管理している状態
- IDやアカウントの存在は把握している
- システムごとに担当者が個別対応している
統制できている状態
- なぜその権限が必要なのか説明できる
- 承認ルールや見直しの仕組みが決まっている
- 定期的に妥当性を確認している
IGAは、後者の「説明できる状態を維持すること」を目的としています。内部監査やセキュリティ事故が起きた際に、「なぜこの権限を持っていたのか」を説明できるかどうかは、企業にとって非常に重要なポイントです。
IAM(Identity and Access Management)との違い
IAM(Identity and Access Management)は、ユーザーの認証やアクセス制御を中心に、「正しい人が、正しいタイミングで、正しいシステムにアクセスできるようにする」ための仕組みです。
例えば、シングルサインオン(SSO)や多要素認証(MFA)、システムへのアクセス可否の制御などは、IAMの代表的な役割です。これにより、不正アクセスの防止や利便性の向上が実現されます。
一方でIAMは、「その権限がなぜ付与されているのか」「今も妥当なのか」といった背景や継続的な見直しまでを主目的としているわけではありません。
IGAは、IAMで付与・制御されている権限を前提として、
- なぜその権限が必要なのか
- 誰が承認したのか
- いつまで有効なのか
を組織として説明できる状態を維持することに重きを置いています。
つまり、IAMは「アクセスを正しく通す仕組み」、IGAは「その権限を持たせ続けてよいかを統制する仕組み」と言えます。両者はどちらか一方を置き換えるものではなく、補完関係にあります。
IGAで実現すべきこと(ID・権限管理の統制)
IGAは、便利な機能を増やすこと自体が目的ではなく、IDや権限を「きちんと統制し、説明できる状態」を維持するための考え方です。その結果として、申請・承認や棚卸しの標準化/自動化が進み、運用負荷の軽減にもつながります。ここでは、IGAによって何を実現すべきなのかを具体的に整理します。
IDライフサイクル管理
まず実現すべきなのが、 人のライフサイクルに合わせたID管理です。入社・異動・退職といった人事イベントに対して、
- 必要なIDを発行する
- 不要になった権限を見直す
- 退職時には確実に権限を削除する
といった対応を、場当たり的ではなくルールとして運用します。これにより、「退職者のアカウントが残り続ける」「異動後も過剰な権限を持ち続ける」といった状態を防ぐことができます。
権限の可視化と棚卸し
次に重要なのが、誰がどの権限を持っているのかを把握し続けることです。
一度付与した権限は、その後見直されないまま残りがちです。IGAでは、権限を一覧で可視化し、
- 今の業務に本当に必要か
- 付与された理由は妥当か
を定期的に確認します。
この棚卸しが不十分だと、気づかないうちに権限が肥大化し、内部不正や情報漏えいにつながる可能性が高まります。
承認・証跡の管理
IGAでは、権限を付与・変更する際の判断プロセスも統制対象です。
- 誰が申請し
- 誰が承認し
- いつ付与されたのか
といった情報を記録しておくことで、後から「なぜその権限が必要だったのか」を説明できます。これは、内部監査やISO対応だけでなく、 万が一トラブルが起きた際の原因究明にも役立ちます。
特権権限(管理者権限)は別途強い統制が必要
補足として、サーバー管理者や基幹DB管理、設備側の管理アカウントなどの特権権限(管理者権限)は、一般ユーザー権限以上にリスクが大きく、より厳格な統制が必要です。
IGAは「誰がどの権限を持つべきか」「いつまで必要か」を統制するのに強みがありますが、特権権限については、PAM(Privileged Access Management)のように
- 特権IDの貸し出し(チェックアウト)
- セッション記録
- 承認付きの一時昇格(Just-in-Time)
といった仕組みと組み合わせると、実効性が高まります。
製造業を含む現場系の環境では、設備保全や外部ベンダー対応、夜間対応などの都合で、共有IDや保守用ID、緊急対応用の強い権限が「一時的なつもりで恒常化」しやすい場面があります。
そのため特権は“例外扱い”せず、期限・承認・記録(セッション監査)まで含めて設計に組み込むことが重要です。
製造業におけるIGAの活用イメージ
ここまで読んで、「考え方としては理解できたが、自社に当てはめるとどうなのか」と感じている方も多いのではないでしょうか。この章では、製造業の現場で起こりがちな状況をもとに、 IGAがどのように役立つのかを整理します。
製造業の現場で課題になりやすい権限管理のポイント
製造業では、他業種と比べて人の動きが多様です。
- 現場応援や多能工による一時的な業務変更
- シフトや工程変更に伴う担当業務の入れ替わり
- 協力会社や派遣社員の受け入れ
こうした状況では、「一時的に付与した権限」がそのまま残ってしまうケースが見られます。また、生産管理、品質管理、設備管理、原価管理といった複数のシステムを使っている場合、システムごとに権限管理のルールが異なることも多く、全体像を把握できていないケースも見られます。
IGAが向いているケース
すべての企業が、すぐにIGAを導入すべきというわけではありません。しかし、次のような状況に心当たりがある場合は、IGAの考え方が有効に働く可能性があります。
- 利用している業務システムが増えてきた
- 誰がどの権限を持っているのか即答できない
- 内部監査やセキュリティ対応の負担が大きい
- 将来的にクラウド活用を進めたい
IGAは、「今すぐ困っている問題」だけでなく、今後のIT活用を安全に進めるための土台としても位置づけられます。
IGA導入を検討する際の注意点
IGAは有効な考え方ですが、導入すればすぐに課題が解決する万能薬ではありません。ここでは、検討時に押さえておきたいポイントを整理します。
いきなり導入すべきものではない
IGAは、現状のID管理や権限管理がある程度整理されていることを前提とします。
- 誰がID管理を担当しているのか
- 権限付与のルールが存在するか
- 退職・異動時の対応が決まっているか
こうした基本が曖昧なままでは、IGAを導入しても形だけになってしまいます。まずは、今の運用を棚卸しすることが重要です。
ツール導入より考えるべきこと
IGAはツールとして提供されることが多いため、「どの製品を選ぶか」に目が向きがちです。
しかし本質的に重要なのは、
- 権限付与の判断基準
- 承認フローの設計
- 誰が最終責任を持つのか
といった運用ルールの整理です。これらを明確にしたうえで、自社に合ったツールを検討することで、初めてIGAの効果が発揮されます。
まとめ:IDを“持たせる”から“説明できる”管理へ
IGA(Identity Governance and Administration)は、ID管理や権限管理を「統制」という視点で捉え直す考え方です。
単にアカウントを管理するのではなく、「なぜその権限が必要なのか」「今も妥当なのか」を説明できる状態を維持することが、IGAの本質です。
製造業においても、システムの増加やクラウド活用が進む中で、ID・権限管理の重要性は今後さらに高まっていきます。
まずは、自社のID管理・権限管理が「統制できている状態か」を見直すことから、IGAへの取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。



