製造業におけるデジタル管理の代表例として、多くの企業で採用されているのがExcelです。
操作性や汎用性の高さ、導入コストの低さといった理由から、初期段階の管理手段として選ばれることが少なくありません。導入コストがほとんど必要ないことも魅力の一つであり、「初めてのデジタル管理はExcel」といった企業も多いことでしょう。
しかし、近年では脱Excelを進める企業も増えてきています。その理由は「Excel管理の限界」にあり、Excel管理では生産管理が満足にできないからです。
ここで言う「Excelの限界」は、共有フォルダやメール添付を中心とした従来型のExcel運用（ローカル保存／.xls含む／VBA・外部リンク多用）を対象にしています。Microsoft 365環境の共同編集・バージョン履歴などのクラウド機能は本記事の範囲外です。
今はExcel管理で十分であっても、将来的にExcel管理では限界を感じるかもしれません。将来の不安を減らすためにも、Excel管理の限界について知っておく必要があるでしょう。
Excel管理における限界とはどのようなことを指すのか。脱Excelへの判断や取り組みについて紹介します。
なぜ製造業ではExcel管理が長く使われ続けるのか
デジタル管理にExcelが使われる理由は、導入コストが安いからです。近年Excelは基本的なパソコンソフトの一つとして見られており、多くのパソコンに始めから導入がされています。既に入っていることで新しく導入する必要がなく、ほとんどの場合、費用0円でデジタル管理を始められることからExcel管理が選ばれています。
また、Excelは操作のハードルが低いことも挙げられます。近年は学校の授業でもExcelの使い方を教えており、多くの人がExcelを使い慣れています。新しい技術を導入すると一から覚える必要がありますが、Excelなら前知識があるため、楽に使いこなせるといえるでしょう。
ほかにも、Excelは汎用性が高く、さまざまな管理に応用ができます。データをまとめるだけではなく、ガントチャートやグラフ化など、Excelだけで多くの管理が可能です。
以上のように、Excelを使った管理はメリットが多く、ほとんどの企業が始めにExcelを使った管理を行なっています。
そして、安くて使いやすいことから長く使われ続け、データやノウハウが積み重なることで、そのまま現在に至るまでExcel管理が続けられているのです。
しかしExcelには“リアルタイム性・共同作業”における限界がある
安くて使いやすいExcelですが、Excelには明確なデメリットもあります。管理する規模が大きくなるほど限界による影響は問題になりやすく、場合によっては、トラブルの原因にもなるでしょう。
- 同時編集ができない：従来型のExcel運用では、実質的に同時編集ができない（編集ロックや順番待ちが発生する）。
- ブラックボックス化しやすい：関数・マクロの属人化で業務が属人化。
- 処理が重くなる：大容量を従来型のExcel運用で扱うと、処理遅延や破損リスクが高まりやすい。
- 入力ミスが避けられない：手入力中心のため、ヒューマンエラーが発生しやすい。
- リアルタイム反映ができない：従来型のExcel運用では、更新がリアルタイムに反映されず、確認にタイムラグが生じやすい。
- 履歴が残らない：従来型のExcel運用では、誰が・いつ更新したかの履歴を一元的に保持しにくい。
※ クラウド基盤など別の前提では一部の制約が緩和される場合がありますが、本記事は従来型のExcel運用を想定して整理しています。
Excel管理を正しく行なうためには、Excelの限界を知ることも大切です。どのようなことがデメリットになるのか確認をしてみてください。
多人数での利用には限界がある（同時編集・バージョン管理）
Excel管理のデメリットとして、多人数で同時編集ができない点が挙げられます。同時に開いて内容の確認は可能ですが、複数開いていると内容を編集することができません。編集作業は一人ずつ順番に行なう必要があり、同時作業ができません。
例えば、製造部門と営業部門が同時に編集を行ないたいとします。その場合は、先に製造部門が編集をし、保存が終わったのを確認してから営業部門が編集する必要があるわけです。営業部門は製造部門の編集が終わるのを待つ必要があり、ムダな待ち時間が生じてしまいます。
また、保存方法を統一しないと、バージョン管理が複雑化します。各個人が好き勝手に保存することで「製造管理＿最終」「製造管理＿修正」「製造管理＿山田」といったファイルが増産されてしまうのです。結果として、どのファイルを参考にすればいいのかわからなくなり、確認作業に時間をとられてしまうでしょう。
関数・マクロの属人化によるブラックボックス化
Excelは、カスタマイズ性が高い反面、ブラックボックス化しやすいデメリットもあります。Excelには関数やマクロといった便利な機能が多数搭載されていますが、活用しすぎることで内容が複雑化し、担当者以外扱えなくなってしまいます。
ほかの人が扱えないことから、必然的に担当者は継続するしかありません。そして、担当者が続いてしまうことで、業務が属人化してしまうでしょう。
データ量増加に伴う処理遅延・ファイル破損
Excelは、扱えるデータ量に限界があります。限界を超えるとExcelの処理速度が低下し、管理に遅延が生じてしまうのです。
また、無理に処理を重ねることで、ファイルが破損しやすくなります。処理の遅延やファイルの破損は生産に大きく影響し、場合によっては生産を止めてしまうでしょう。
入力ミスの温床（人が手で更新）
Excel管理では、入力ミスが起こりやすいです。データ入力は基本的に手入力で行ないますので、入力ミスをなくすことはできません。
特に、流動的な現場は更新頻度が多いです。仕事の忙しさや慣れない入力作業から、ミスが多くなるでしょう。
現場のリアルタイム情報が反映されない
Excelは、リアルタイムに情報を反映できません。Excelを更新するためにはほかのExcelを閉じる必要があり、確認までにワンテンポ遅れてしまいます。
確認の遅れは、判断を間違える原因にもなります。情報の反映が遅れることで「データ上では在庫があるのに、実際には在庫がない」といった状況にも成り得るのです。
トレーサビリティが残らない（誰が・いつ更新したか不明）
トレーサビリティとは、モノの流れを追跡できるようにする仕組みのことです。製造に例えた場合、「原材料がどのように使われ製品となって出荷されるのかを記した記録」といえます。
Excelでは、基本的に更新履歴が残りません。そのため、「誰が更新をしたか」「いつ更新がされたか」を知るすべがないといえます。更新履歴がわからないと、トラブルが生じた際に原因究明が難しくなるでしょう。
Excelの限界は、製造現場でどんな問題を引き起こすのか
Excel管理の主な問題は、「リアルタイムで情報共有ができないこと」にあります。情報の確認にワンテンポの遅れが生じてしまうため、在庫や工程管理をした際にズレが生じやすいです。
監査・ISO対応でデータの整合性が取れないことにより、現場を混乱させてしまいます。
また、「属人化しやすいこと」も問題の一つです。属人化によって業務内容が秘匿され、状況を把握できなくなります。進捗が担当者の頭の中にあるためほかの人が業務を引き継ぐことができないだけではなく、トラブル時に原因究明が難しくなるでしょう。
変化に合わせた生産を行なうためには、迅速に対応できることが重要です。そのためにも、リアルタイムな情報共有や見える化による業務の標準化ができる管理ソフトへの切り替えが必要といえます。
Excelで管理し続けるべきケースと、脱Excelすべきケース
Excelの限界について紹介しましたが、決してExcelがダメなわけではありません。管理コストを抑えるためにも、どのようなケースがExcelで十分なのかを紹介します。
以下は従来型のExcel運用を前提にした整理です（クラウド前提の共同編集等は範囲外）。
Excelで十分なケース
Excelで十分なケースは、主に変動が少なく決まった作業だけを行なうケースです。管理する範囲が限定的のことで関数やマクロを使用する必要がなく、ブラックボックス化しにくいといえます。
- 工程数が少ない
- 在庫点数が少ない
- 担当者が1〜2人程度と少人数
小規模な範囲で管理する場合、Excelは非常に強力なツールとなります。
脱Excelすべきケース
Excelでは不十分なケースは、主に変動が多くリアルタイム性が求められるケースです。情報共有に遅れが生じることから脱Excelすべきといえます。
- 工場全体を一元管理したい
- 属人化が深刻で業務が停滞している
- 自動入力で作業の手間を減らしたい
脱Excelを成功させるためのポイント
脱Excelを成功させるためには、以下のポイントを意識する必要があります。
- 現状の管理フローを棚卸しする：どの部分をExcelに残し、どの部分をシステム化すべきかを見極めます。
- どこでミスが起きているかを特定する：ヒューマンエラーが多い箇所を特定し、そこを優先的に改善します。
- 最小単位からシステム化する：いきなりすべてを変えず、「まずは加工工程だけ」といったように段階的に進めます。
- 現場ユーザーの操作ハードルを優先する：実際に使う現場の人が「使いやすい」と感じるシステムを選定します。
- データの一元管理を軸に選定する：部門を跨いでリアルタイムに情報共有できる仕組みを構築します。
製造業で Excel から脱却する代表的な選択肢
Excel以外の管理ソフトには、以下のような選択肢が存在します。
生産管理システム
生産管理システムは、原材料の調達から製品の出荷まで、生産の流れ全体を管理するためのシステムです。一元管理によって業務全体を見える化し、リードタイムの短縮や在庫削減に寄与します。
生産をサポートする生産管理システム。近年は工場のデジタル化が推進されており、生産管理システムを導入する企業も増えてきています。中には、生産管理システムの導入を、既に検討している企業もあるかもしれません。 ですが、生産管理システ[…]
MES（製造実行システム）
MESは、製造工程の管理に特化したシステムです。現場状況をリアルタイムに分析し、生産効率の向上を目指します。生産管理システムが「管理者目線」であるのに対し、MESは「作業者目線」で具体的な指示や記録を行ないます。
近年、グローバル化や新技術の発展により、近年は工場のデジタル化が進んでいます。AIやloTを始めとしたIT技術を導入する企業も増えてきており、今後はさらに、IT技術の導入が加速していくでしょう。 MESも、そんな工場のデジタル[…]
BIツールとの組み合わせ
各部門のExcelデータを収集し、分析・可視化するツールです。現在のExcel管理を活かしつつ、一元的な状況把握を可能にします。
RPAによる半自動化
データ入力や集計といった定型業務を自動化します。手入力の手間を省き、ヒューマンエラーを防止するのに有効です。
まとめ：Excelの限界は“現場の限界”とリンクしている
Excelの限界とは、本質的には「多人数でリアルタイムに情報を共有・更新する」ことの困難さにあります。この限界を超えた先にこそ、現場全体の生産性や柔軟性が大きく向上する可能性が広がっています。
今後の成長や変化に備えるためにも、自社の状況に適したタイミングでの“脱Excel”を検討すべき時期に来ているのかもしれません。
無理にExcelで管理し続けることは、結果として現場の生産性や柔軟な対応力を損なう原因となりかねません。
本稿が対象とする従来型のExcel運用においては、同時編集・リアルタイム反映・履歴一元化・版管理・入力品質・大規模処理などに構造的な限界があります。
これらの限界が現場の生産性やトレーサビリティに影響し始めたら、現場要件に合う仕組みへの移行（生産管理・MES・BI・データベース等）を計画的に検討すべきタイミングです。
