近年耳にする機会の多いDX(デジタルトランスフォーメーション)。デジタル技術によって生活や仕事を便利にする取り組みのことであり、製造業界でもDXへの取り組みが進められています。
そんな製造業DXですが、取り組みには「攻めのDX」と「守りのDX」が存在します。どちらも同じDXとしての取り組みですが、それぞれ取り組む方向性は同じではありません。逆の取り組みでは望んだ結果を得ることができないため、DXを進める際は、それぞれの方向性を意識する必要があります。
「攻めのDX」と「守りのDX」とは、どのような取り組みのことを指すのか。それぞれの違いや現状などを紹介します。
製造業DXとは?なぜ今重要なのか
製造業DXとは、生産プロセスにデジタル技術を活用することです。DXとは、デジタル技術を用いて従来の生活や仕事をより良い方向へ変革する試みのことであり、製造現場に導入することで、従来の生産方法とは異なる効率的な生産を可能にします。
製造業DXが必要とされる理由は、多様化されたニーズに対応するためです。近年はグローバル化の影響によって様々なニーズが生み出されていますが、同時にニーズに合わせて変化し続けることが求められています。従来のように同じ商品だけを作っていては、顧客の求める製品を作ることはできません。
また、温暖化や新型コロナの影響など、世界情勢も理由の一つです。世界情勢の変化によって経営不振や縮小した企業は数多く、世界情勢に合わせた経営スタイルが必要とされます。
以上のような理由から、状況に合わせて生産を変えられる多品種少量生産が、近年の製造業では求められているのです。
とはいえ、実際に多品種少量生産をアナログで作業するのは、到底無理な話といえます。世界情勢を調べたり生産方法を変えたりするだけで時間がかかり、生産体制が整った時には、すでにニーズが変わっていることも珍しくはないからです。多品種少量生産を実行するためには、ニーズが変わるよりも先に準備ができる、迅速な対応が望まれます。
そして、迅速に生産計画を立てるためには、ITやデジタル技術の活用が必要不可欠です。アナログでは時間がかかる作業も、デジタル技術を使えばすぐに完了できます。
多品種少量生産の時代に対応するためにも、製造業DXが重要視されているわけです。
製造業DXによって実現できること
実際にDXを実現することで、以下のようなことができるようになります。
生産性の向上
一つ目のメリットは、生産性を向上させられることです。loTやAIなどを活用することでアナログ作業を削減し、効率的に生産が行なえるようになります。情報収集や計画の組み立てなども迅速に行えるようになり、多品種少量生産も実現可能となるでしょう。
また、機械によって製造が自動化され、人材不足も解消します。足りない人材は機械が補うため、生産ラインや事業を縮小する必要がありません。
ほかにも、自動化によって作業員の負担軽減にもつながります。より安全で負担の少ないクリーンな製造環境を実現できます。
アナログからデジタルへの移行は、多くの出来事を変革させます。そして、それに伴い生産も効率化され、生産性の向上につながっていくのです。
情報の見える化
二つ目のメリットは、生産プロセスが可視化されることです。設備や生産状況などをすべてデータ化し管理するため、いつでもどの端末からでも、生産ラインを確認できるようになります。
仮に、トラブルによってボトルネックが発生していたとしても、管理データを確認すればすぐに現状を把握できます。人材の再配置や生産計画の修正といった対応も、すぐに行なえるでしょう。過去のデータと比較すれば、作業の効率化や生産工程の改善も行なえます。
また、情報が可視化されることで、他部門との連携もしやすくなります。在庫や生産状況から顧客との契約内容を決めたり、契約内容から生産計画を組み立てたりなどが迅速に行なえます。情報共有のレスポンスが早いのはもちろん、情報の正確性もあり、スムーズな生産を可能にします。
ほかにも、他県や海外支部との連携も可能となるなど、スピード経営が実現されるでしょう。
属人化の解消
三つ目のメリットは、属人化を防げることです。工場の自動化によって、特定の人材を必要としなくなります。
特に、製造業は属人化がしやすい業種です。技術や経験が重要なことから、同じ人材が担当し続けることは珍しくありません。ですが、そのような生産体制のままでは満足に休みを取ることも難しく、担当者の負担も大きくなってしまうでしょう。
そのような事態を防ぐためにも、DXによる業務の見直しが必要とされます。
また、情報の見える化によっても属人化は防げます。生産状況を共有できるため、「今何をしているか」が、他の人からでも分かるからです。業務内容を理解している人なら、管理データから予測し、業務を引き継ぐことも難しくはありません。マニュアルも完備してあれば、より確実といえます。
ほかにも、VRやARの技術を活用することで、技術継承がしやすくなります。言葉では説明しにくかった熟練の技術も、VRなどで再現することにより、直感的に理解できるからです。教育担当者がいなくても自主的に学習することも可能であり、継承者不足の問題も解決できるでしょう。
DXの実現は、人材不足解消のほかにも、技術や知識の統一化も可能にします。
顧客満足度の向上
四つ目のメリットは、顧客満足度の向上を目指せることです。過去データや情勢などから顧客のニーズを割り出し、迅速かつ柔軟に対応することで、顧客のニーズを満たすことができます。
また、自動化によってヒューマンエラーも減らせ、品質の向上にもつながります。検査もより正確となり、不良品の排出を許しません。
ほかにも、人件費の削減によるコスト削減や、作業効率の向上による納期の短縮なども、工場の自動化によって期待できるでしょう。
「品質:Quality」「コスト:Cost」「納期:Delivery」は、製造業において欠かすことのできない3要素(QCD)だといわれています。QCDの維持・向上を実現するためにも、製造業DXは必要不可欠な要素です。
「攻めのDX」と「守りのDX」の違いとは?
製造業DXは、大きく2つの分類に分けることができます。それぞれ「攻めのDX」と「守りのDX」と呼ばれ、活動の方向性は同じではありません。工場のDX化を目指すためにも、それぞれの特徴について知っておくことが大切です。
攻めのDX
攻めのDXは、変革を目的としたDXです。「新商品の開発」「サービスの向上」「新事業への参入」など、主に「外側(顧客)」へ向けた取り組みを行ないます。
DXによって新しい価値が生まれ、その価値によって企業の利益となる内容です。多様化するニーズに対応するためにも、攻めのDXによる取り組みが必要となります。
守りのDX
守りのDXは、改良を目的としたDXです。「業務の効率化」「コスト削減」「デジタルツールの導入」など、主に「内側(工場内)」へ向けた取り組みを行ないます。
DXによって作業環境の改善や向上を目指す取り組みであり、ひいては生産性の向上にもつながる内容です。企業の土台をしっかりするためにも、守りのDXが必要となってきます。
「攻めのDX」と「守りのDX」の現状
攻めのDXと守りのDXは、それぞれどの程度実施されているのか。それぞれの現状を確認してみましょう。
守りのDXは「とりあえず」から始められる
日本の現状としては、攻めのDXよりも守りのDXの方が盛んに行なわれています。2019年にNTTデータ経営研究所が発表した調査データによると、10,000社を超える企業の内、攻めのDXに取り組む企業は約30%前後に対して、守りのDXに取り組む企業は約80%にも達することが分かりました。
この取り組みによる差は、主に「とりあえず」で始められることが挙げられます。守りのDXの基本は、現状の改善を行なうことです。工程の見直しや業務の効率化を、デジタル技術を用いることで行なっていきます。デジタル技術を導入する手間はありますが、導入によるリスクは低く、「とりあえず」といった軽い気持ちで始められます。
たとえDXが上手く作用しなくても、従来の形式に戻せば問題ありません。工場のデジタル化は基本的に段階を踏まえて行なっていくため、失敗しても被害が少ないといえるでしょう。
そのため、大手企業はもちろん中小企業でもDXに挑戦しやすく、多くの企業がDXに取り組む結果となっています。
同じ守りのDXであっても、難しい内容の場合は取り組む企業が少なくなります。そのことからも、「とりあえず」の影響力が大きいことが伺えるでしょう。
攻めのDXは「とりあえず」から始められない
守りのDXが取り組まれる一方で、攻めのDXはあまり取り組みが進まれていません。その理由として挙げられるのが、守りのDXとは逆に「とりあえず」で始められないからです。
攻めのDXは、主に変革を行なうための取り組みです。ビジネススタイルの変更やゼロからの開発といった全く新しい取り組みが行なわれ、多大な労力やコストを必要とします。
ですが、そのような取り組みができるのは企業体力のある大手企業だけであり、企業体力が少ない中小企業は取り組むのが難しいといえます。
ほかにも、変革にはデジタル技術の知識が必要不可欠であり、デジタル人材の育成も必要になってきます。人材不足の企業にとってはデジタル人材の育成も困難であり、取り組みが進まない状態です。
以上のような理由から、攻めのDXへの取り組みはリスクが高く、中小企業は「とりあえず」で始められないことから、守りのDXと比べると進んでいない現状となっています。
製造業のDXにおける課題
日本のDXは、世界的にみると遅れているといわれています。攻めのDXが進んでいないのはもちろんのこと、世界的にみると守りのDXに関しても進んでいないといえるでしょう。
ではなぜ、日本のDXは進んでいないのか。DXにおける課題について紹介します。
デジタル人材・DX人材の採用・育成
一つ目の課題は、デジタル人材・DX人材の確保が必要なことです。いくら優れたシステムを導入しても、それを使える人材がいないと意味がありません。DXを推進させるためには、DXについて理解のあるデジタル人材の確保や育成を必要とします。
とはいえ、人材育成も簡単ではありません。一から教育するには膨大な時間とコストが必要であり、リソースを確保できない企業は教育する暇がないといえます。
また、教育には指導者の確保も必要です。デジタル人材の育成にはデジタル技術に精通した人材が必要であり、元も子もない状態といえます。教育しようにもリソースと人材が不足した状態であるため、教育したくてもできない状態といえるでしょう。
デジタル人材を準備するためには、リソースを確保するための人材確保が大切です。求人の枠を広げたり福利厚生や社内環境を改善したりなど、まずは人材不足の解消を目指すことが重要といえます。
指導者不足の対策としては、合同研修やVR指導などが挙げられます。合同研修なら自社に講師がいなくても問題ありませんし、VR指導なら講師自体必要ありません。ほかにも、派遣社員を講師にして自社社員を教育するなど、様々な対策が考えられます。
独立行政法人 中小企業基盤整備機構が発表した調査によると、「DXに取り組むに当たっての課題」として、最も挙げられるのが「DX・ITに関わる人材が足りない」と発表しています。DXを進めるためには、デジタル人材・DX人材の確保が最も重要であるといえるでしょう。
データ活用の壁
二つ目の課題は、収集したデータの活用方法についてです。いくらシステムによってデータ化されても、それを活かせなければ意味がありません。DXを進めるためには「どのようなことにデータが使えるか」を知る必要があります。
そのためにも、デジタル人材・DX人材の確保はとても重要です。データの意味を知る人がいることで、データを活かせるようになるでしょう。
また、データを活用できるよう、企業の仕組みを変更することも大切です。従来の仕組みのままでは、DXの成果を十分に活かすことは難しいといえます。
活用方法が分からないなら、すでにDXに取り組んだ企業を参考にするのもいいです。DXをして終わりではなく、DXした後の使い道についてもしっかり学んでください。
ツール選定の難易度
三つ目の課題は、ツール選択についてです。適切ではないツールは、逆に企業の効率を下げる要因になりかねません。より効果的に活用するためには、自社に合ったシステムやツールを選ぶ必要があります。
ただ、いざツールを選ぶにしても、判断できる人材がいないと選ぶことができません。そのため、ツール選びにもデジタル人材の有無は重要になってきます。
もちろん、ツールを提供する企業に相談するのもいいです。「何が必要か」「どのように使いたいか」を説明すれば、適したツールを紹介してもらえます。ですが、本当に適合するかは、実際に作業する自社社員の方が判断できます。そのような意味でも、自社のデジタル人材が必要になってくるでしょう。
また、ツール選びのポイントとしては、拡張性やサービスの良さなども挙げられます。拡張性が良ければより自社に合わせて改良ができ、サービスが良ければ安心してツールを活用できます。
ツールの内容だけで評価するのではなく、それ以外の要素も合わせ、総合的に判断することが大切です。
製造業DXの成功確率を上げる3つのポイント
製造業DXは、ただ漠然と進めても決して成功はしません。漠然と進めた結果、コストの増加、作業現場の混乱、システムエラーなどの問題を引き起こし、逆に企業の首を絞める結果にもなります。そのような事態を防ぐためにも、以下の点を意識して、DXに取り組んでみてください。
DX推進を段階的に進める
一つ目のポイントは、DXを段階的に進めることです。一度にすべてを変革するのではなく、業務や区画などで分け、段階的にDXを進めています。
DXを進めることで生産の仕組み自体を変える必要がありますが、一度にすべてを変えてしまうと、現場が対応しきれず混乱をしてしまいます。作業効率が低下するのはもちろん、不良品や労災なども発生し、導入したことが逆効果となるでしょう。
ほかにも、コストが膨大になり企業の負担となる、導入中は工程を止める必要があり生産ができなくなるといった問題もあり、一度に進めるにはリスクがあります。
そのような事態を防ぐためにも、段階的に計画を進め、現場の混乱や生産の停止を防ぐ必要があるのです。
段階的に進めれば、万が一問題が発生しても途中で中止することも可能です。リスクヘッジをする意味でも、DXへの取り組みは段階的に進めてください。
「攻め」と「守り」の2つを意識する
二つ目のポイントは、攻めのDXと守りのDXを意識することです。それぞれ取り組む内容は異なるため、目的に合わせた選択が必要になります。
新商品の開発をしたいのに、工程管理ツールを導入しても目的は達成できません。意味のあるDXにするためには、目的に合わせたツール選びが必要です。
また、「「攻めのDX」と「守りのDX」の現状」の項目でも触れたように、守りのDXの方が導入した際のリスクが少ないです。「何から始めればいいのか分からない」場合には、「とりあえず」守りのDXから始めてみることをおすすめします。
ダイナミック・ケイパビリティを意識する
三つ目のポイントは、ダイナミック・ケイパビリティを意識することです。ダイナミック・ケイパビリティとは「環境に合わせた自己改変能力(企業変革力)」のことであり、つまりは、ニーズに合わせて企業の仕組みを変えていくことを意味します。
DXへの推進も、ダイナミック・ケイパビリティを意識した取り組みといえるでしょう。近年はデジタル化への推進が望まれており、今後はデジタル技術を前提とした生産が求められているからです。多品種少量生産が可能なのも、デジタル技術による恩恵が大きいといえます。
今までが大丈夫だからといって、これからも大丈夫とは限りません。ニーズが多様化する近年で生き残るためには、ニーズに合わせて自社を変えていく必要があります。
そのためにも、情報収集はとても大切です。loTやAIなどのデジタル技術を駆使することで、時代に合わせた適切な経営方針を目指してください。
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まとめ:DXには「攻め」と「守り」の2つの方向性がある
「攻め」と「守り」の違いは、「外部へ向けた取り組み」か「内部へ向けた取り組み」の違いとなります。攻めのDXは利益向上のための取り組みに対し、守りのDXはQCDの向上(品質向上・コスト削減・納期短縮)を目指すための取り組みといえるでしょう。
目的が違えば、必要とするシステムやツールは異なります。DXへの目的を明確にして、適切な取り組みを進めてください。
また、DXを実現するためには、デジタル人材の育成が必要不可欠です。デジタル化が推奨される近年において、今は必要なくても将来的な需要は高くなっていきます。
人材の育成は簡単にできるものではありません。場合によっては数年から十数年かかる場合もあります。必要な時に人材が足りないといったことがないよう、まずは人材確保や人材教育から始めてみてください。